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東京地方裁判所 昭和31年(ヨ)4041号 決定

申請人 小林望

被申請人 志村タクシー株式会社

主文

被申請人が申請人に対し、昭和三十一年四月二十三日附でなした解雇の意思表示は本案判決確定までその効力を停止する。

申請費用は被申請人の負担とする。

(注、無保証)

理由

一、当事者間に争ない事実

被申請人はタクシー業を営む会社であり、申請人は昭和二九年七月頃以降被申請人にタクシー運転手として雇傭されていたが、昭和三一年四月二五日、同月二三日附内容証明郵便により、被申請人より予告手当提供による解雇通告を受けたものであることは当事者間に争ない。

二、争点

申請人は右解雇は申請人の正当な労働組合活動を理由とする不当労働行為であつて無効であると主張し、被申請人は右解雇は申請人の(イ)勤務状態が怠慢で、(ロ)メーター不正行為があり、(ハ)営業成績も劣悪であるうえ(ニ)被申請人業務について虚偽の宣伝をなして業務を妨害したことに基くもので有効であると主張する。

よつて被申請人主張の解雇理由、申請人の組合活動および本件解雇前後の事情を検討してこの点について判断する。

三、被申請人主張の解雇理由

(イ)  勤務状態について

疎明によれば被申請人会社の運転手出勤時刻は当初午前八時であつたが、昭和三〇年四月二六日以降は同七時半に繰り上げられたところ申請人はしばしばその時刻に遅れたことが認められる。しかし更に疎明によれば会社において右出勤時刻は厳守されず多数の運転手が遅刻するのが常であり八時頃までに出勤すれば別段の注意を受けることなく配車されていたもので、申請人も車の出庫時に遅れて無配車となる程の遅刻はなかつたので、遅刻につき特に会社から注目されていたとは考えられないし、また無断欠勤についても他の同僚より目立つて多いとはいえない。会社は昭和三一年元旦に申請人が職務に勤勉であつて他の模範であるとして賞状を与えた程である。そして同日以降解雇まで無断欠勤は僅か一日であるに過ぎないし、同年三、四月は遅刻回数は従前に較べ著しく減少し僅か三、四回に過ぎないことが認められるので、申請人の勤務状態が悪いことが解雇の理由になつたとはとうてい納得できない。

(ロ)  メーター不正操作について

疎明によれば申請人は昭和三〇年一〇月三〇日と同三一年二月二日の二回にメーター不正行為(エントツ)をなしたことが認められる。しかし当時会社ではメーターを不正操作する者が他社に較べて甚しく多かつたのでこれを厳重に処分することなく罰金ないし減給にとどめるのが例であり、その違反が数回に及んでも解雇されない者のあつたことが認められる。そして申請人は第二回目の際にも減給処分によつて済されているのであるから、これが他の解雇理由の情状として考慮されるのはともかく直接の解雇理由であるとはとても考えられない。

(ハ)  営業成績について

疎明によれば申請人の営業成績は従業員中、中の下程度と認められ、良いとはいえないが、更に疎明によれば営収不良の故に解雇された例がないことが認められるので、成績甚しく劣悪なために解雇の措置がとられたものと首肯するに足りない。

(ニ)  被申請人の業務につき虚偽の宣伝を流布し業務を阻害したとの点について

疎明によれば昭和三一年四月一九日申請人が房総タクシー会社の労組幹部二名に対し、被申請人が右会社を買収し三ケ月以内に合併する予定でそうなると房総タクシーに被申請人の従業員が送られるだろうと語つたところ、翌日右労組はその対策協議の執行委員会を開きそのため同日同社の車七台が稼動しなかつた事実が認められる。しかしながら右により損害を受けたのは被申請人でなく訴外房総タクシー会社であることはしばらくおくも、前記発言は、当時被申請人専務であつた宮本市郎が朝の点呼時志村・第二志村従業員全員に「房総タクシーを買収した、近い将来合併する。」と述べたところから、志村労組の妹尾委員長と書記長であつた申請人が同一経営系統となつた房総タクシーの労組の幹部二名と組合連繋のため、その上部団体である関東旅客自動車同盟事務所において会合した席の発言であつて、宮本専務の近い将来なる発言を三ケ月以内と限定した点に誤りはあつてもこの程度のくい違いは甚しい虚構の事実とはいえず、又右発言をもつて申請人が故意に房総タクシーの業務を妨害する意図に基くものであるとも認められない。又その際申請人が被申請人はその従業員を房総タクシーに派遣し同会社の組合を弾圧する方針であると発言しても、この種の発言は労組員として団結を擁護するための通常なすべき意見の開陳に属し、たとえそれが会社幹部に対する批判であつても正当な組合活動というべきである。従つて申請人の右発言が会社業務を阻害し殊更に無用の摩擦を生ぜしめる不当な行動である旨の被申請人の主張は理由がない。以上の認定に反する疎明は採用しない。

四、申請人の組合活動

疎明によれば昭和三〇年二月一〇日被申請人従業員をもつて志村タクシー労働組合が結成されて以来、同年一二月、翌三一年三月の改選を通じ委員長、副委員長その他執行委員の変動にも拘らず、申請人は一貫して書記長の地位にあり、組合活動の中心となつていたことが認められる。とくに組合結成後間もない三月頃被申請人がその保有車輛の十余台を他に売却したため組合員は減少したが、その翌四月には京南タクシー会社を買収し、約五十台の車輛をもつて第二志村タクシー会社を設立して営業を続けた。そして第二志村には新車を購入すると告げて志村タクシーより希望者を募り、もつて志村の労組員を第二志村に勧誘し、志村・第二志村とも同一構内で点呼、配車、給与支給などの管理を行い、従業員の区別を始終変動させて不明確とし志村労組の活動を殊に困難にさせたため当初九〇数名の志村労組員は二〇数名に減少するに至つた。この間宮本専務(現社長)は朝の点呼時全員に対し第二志村は親睦会でやつて行くと述べて暗に志村労組に反対する発言をした。これに対し申請人は第二志村の従業員を含めた統一組合を結成すべく努力し、団体交渉においても最も積極的な発言をするなどの活動を行つた。そして申請人らの意図は先づ第二志村における親睦会を解消し組合結成を実現するにあつたが、漸く昭和三〇年一二月に第二志村タクシー労組が結成され、その後申請人らの努力の結果両組合統一の機運熟し、昭和三一年四月二〇日申請人の発案により同月二四日を期し両組合の執行委員長外有志組合員が統一問題を協議するため会合する段取りとなつたことが認められる。

五、本件解雇以後の経緯

疎明によれば前記房総タクシーの件につき申請人が発言したため同月一九日同会社の車輛七台が稼動しなかつたと考えた宮本専務(房総タクシー経営者)は翌二〇日申請人に退社を勧告し、更にその翌日朝出勤した申請人に対し今組合が一本になつては困る。この際何も言わずに身を引いてもらいたい。慰労金として五万円程度は支払う旨告げて退職を勧告したが拒否されたので、同月二四日に被申請人は解雇の告示をなし、翌二五日には同二三日附解雇通告を送附した。一方志村・第二志村両組合の統一機運は益々動き同月二三日、二四日には職場大会が開かれ、同二五日に全員統一の賛否を問うことが決定されたところ、当日である二五日朝被申請人は平素行われた点呼をなさず車の出庫を命じ、妹尾志村労組委員長から賛否を問うだけの大会開催を認めてくれとの要請を拒否したので、同委員長と申請人はやむなく第一、第二志村労組員全員に呼びかけて集会を求め、統一の賛否をはかつたところ全員一致の賛成を得たので、更にその同意を得て引続き統一大会を開催し両組合の統一を決議し、役員の選出を行い、申請人は書記長に選出された。(その後申請人は帰宅して解雇通告を受け取つた。)ところが翌二六日朝被申請人は従業員を集合させると共に出勤した申請人に対しては解雇を理由に立入を阻止したうえで、前日二五日の大会は許可のない集会だから認めない、申請人の解雇は決定的で絶対に復帰させない、申請人を役員から除き選挙をやり直すようにと命じ、それまで交渉はしないという態度を表明したので、やむなく労働組合は役員再選挙を行いその結果申請人は役員から除外されるに至り同時に申請人の解雇に絶対多数で反対して、被申請人と交渉したが、被申請人は申請人解雇の承認を要求し、さもなくば稼動させないと言明したので、同日午後五時に至り統一組合は申請人の解雇を承認する協定をせざるを得なかつたことが認められる。

右認定に反する疎明は採用しない。

六、解雇通告の効力

以上認定のように被申請人主張の解雇理由はいずれも合理性がなく、かつ解雇の動機と見られる最後の解雇理由たる事実は申請人の正当な組合活動と目すべきものであり、一方申請人は従来積極的な組合活動を行い、とくに統一に熱心であつてその推進の中心的人物であるため、会社はこれを嫌悪したのみならず申請人の解雇後も組合役員から排除させるために組合に圧力を加えてその目的を遂げるに至つた事実よりすれば、本件解雇の決定的理由は、申請人の正当な組合活動にあり、又これにより組合に対する申請人の影響を排除することを目的としたものと認めるのが相当であつて、労働組合法第七条一号三号に該当する不当労働行為であり、その不当のゆえに本件解雇は公序に反し無効であるといわねばならない。

七、結論

本判解雇が右のように無効であるに拘らず、被解雇者として扱われることは労働者である申請人にとつて著るしい損害であることは明らかであるから、申請人は本訴確定まで仮に従業員として扱われる必要性があるものと認める。

よつて本件申請を認容し、申請費用について民事訴訟法第八九条を適用して主文の通り決定する。

(裁判官 西川美数 大塚正夫 花田政道)

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